2015年、初めての沖縄
初めての沖縄。
この時の事をBlogに書いてなかったみたい💦
私、このライブに行きたい一心で
それを機に
初の沖縄行きの計画をたてた!
妹も一緒に行けると言うので、飛行機のチケットの手配などは妹に任せた!
でね、でね
2015年、初の沖縄行きを機に
色んな偶然が重なり
伯父の人生の足跡
伯父が出会ってきた人と
この4年の間に、次から次へと偶然に巡り会えたというか
喜納昌吉〜半世紀の軌跡〜
Peace & Celebration
タイムスビルで開催中です。
ただね…
私、2015年に沖縄タイムス社1階ロビーで開催されていた『喜納昌吉さんが写真展「半世紀の軌跡」』は、観れなかったんだよね😢
この時は、沖縄タイムスの建物には私は行ってた💦
だけど、
沖縄タイムス記者の人からの話が、
私が知らなかった事ばかりでボロボロ泣いてばかりで、
1階ロビーに降りた時は夜7時を過ぎてて、
写真展も終わってて、
そのまま私は宿に戻った。
ライブにも行かなかった😢
急遽、奄美へ行く事にして、
早朝出航の奄美大島行きのフェリーに乗るために、
急いで荷造りも始めたんだ。
伯父の人生の足跡
伯父が出会ってきた人と
この4年の間に、次から次へと偶然に巡り会う
そんな4年間ともなった。
そして、今
2015年のイベントは、どんなイベントだったか
あらてめて
振り返ってみた
動画あり ↓
沖縄タイムス 10月27日掲載
喜納昌吉の50年 上
翁長安吾
喜納昌吉&チャンプルーズが今年結成
50年を迎えるという。喜納は洋楽への追
随が主流な日本の音楽シーンにおいて、
まれにみる自らの血のオリジナリティー
に根ざした音楽を発信し続けているアー
ティストだ。
喜納昌永という沖縄民謡の大御所を父
に持ち、沖縄音楽にどっぷり浸りながら
育った喜納にしてみれば、沖縄の言葉と
音階そして魂を基軸においたロックバン
ドという彼の音楽スタイルはごく自然な
成り行きだったのかもしれないが、中学
生のときに作った「ハイサイおじさん」
は1976年にシングルレコードとして
発売されるや、民謡界からは民謡でない
といわれロックの人々からはロックでな
いといわれるなど既存の音楽界を困惑さ
せるセンセーショナルな大ヒットとな
る。どこに行っても品切れというほどレコードは売れに売れた。
曲は日本本土まで届き、カバーするミ
ュージシャンが何人も現れ、喜納はメジ
ャーデビューを果たす。彼の作品は19
80年代には海外でも高く評価され、音
楽家のための音楽家と評されるように
なった。マドンナやボブ・マーリー、デ
ビッド・ボウイなど喜納のファンを公言
するアーティストは多いが、トーキング
・ヘッズのデビッド・バーンは「喜納は
アフリカから生まれてきたポップスの
世界と、アジアのサウンド、メロディー
を最初にミックスした日本人」であり、
「二度と閉まることのない日本の扉を開
けた。そして、たくさんのミュージシャ
ンがその扉から出て行った」と評してい
る。
西洋追随ではない「日本」発のポップ
スとして認知されたばかりか、民族の伝
統に根ざした喜納のスタイルの影響はや
がてワールドミュージックというジャン
ルとして花開き、世界的なブームを呼ぶ。
喜納が本土にデビューした当時は、ま
だヤマトに暮らすうちなーんちゅの多く
が出身を隠していたような時代であり、
喜納は沖縄文化の看板を掲げてヤマトに
乗り込んでいったさきがけだった。また、
彼の音楽スタイルから始まったウチナー
ホップは「沖縄ブーム」のけん引役とな
って、沖縄そのものへの評価を格段に高
めた。日本に向けて沖縄の扉を開いたの
もまた喜納だったのではないか。
(会社役員)
31日からライブ
写真展も那覇市内で
31日から11月7日の8日間、「アルバ
ム15枚におよぶ喜納の全作品を紹介し、
半世紀の軌跡をたどる 8デイズライ
ブ」が、国際通りのライブハウスチャク
ラで。また同期間、写真展「喜納昌吉
半世紀の軌跡ピース&セレブレーショ
ン」がタイムスビルー階で開催される。
沖縄タイムス 10月30日掲載
喜納昌吉の50年 下
翁長安吾
喜納の代表曲「花らすべての人の
心に花を」はオリンピックとつなか
っている。
高校の時、喜納は立ち寄った食堂
のテレビに映し出された東京オリン
ピック閉会式の中継にくぎ付けにな
った。選手たちは各国入り乱れ、肩
を組み、踊り、祝福しあって入場し
てきた。国境も人種も超えて人々が
一つになる平和の祭典の姿がそこに
あった。アナウンサーの「泣いてい
ます。笑っています…」という言葉
は、こみ上げる涙とともに脳裏に刻
まれる。それから14年の時を経てあ
る日。「花」は喜納の中から一瞬に
してあふれ出してきたという。
こうして生まれたこの歌には、人
々がさまざまな垣根を超えて和合するという喜納の平和への願いが乗っ
ているからなのだろうか、国境を超
えてゆく不思議な力が宿り、瞬く間
に世界中に広がっていった。各国の
アーティストがカバーしては、その
国でのヒットとなり、タイではチャ
ート1位を半年独占し、中国では11
億人が歌えるとまでいわれる。20
00年の読売新聞調査で、世界中の
売上総数は3千万枚を超えていた。
シングルレコードのセールスとして
は世界歴代3位という。
花の巡り合わせか、喜納とオリン
ピックは縁が深くアトランタと北
京、二つのオリンピックの公式イベ
ントに、どちらもアジア代表として
招聘されている。他にも「ドイツ
における日本年」や、日印国交回復
50周年、韓国大田万博など世界の舞
台で日本代表として活躍してきた喜
納だが、その関心と活動は音楽のみ
にとどまらず文化、平和、沖縄の自
立、環境、政治と実に幅広い。
初めて社会運動に参加した金武湾
CTS闘争で人が生きる場でもある
海の大切さを知る。同時にただ反対
するだけの運動の限界にも気が付い
た喜納は、以後、さまざまな問題意
識と音楽をつなぎ合わせ、彼が「ム
ーブメント」や「祭り」と呼ぶ独自
の運動を展開してきた。
終戦被爆50周年に与那国から手漕
ぎのサハニで25の島々を漕ぎ渡り広
島・長崎へ平和のメッセージを届け
た「サバニ・ピース・コネクション」
や、北米大陸をインディアン居留地
伝いにバスで横断し、地球を裏切ら
ない生き方を続けてきた先住民の世
界と交流した「白船」など、彼の起
こすアクションは楽しく、平和を願
う心にあふれ、人々を感動に巻き込
むユニークなものだ。
その幅の広い活動は「平和」と「環
境」というキーワードに貫かれてい
る。喜納自身の言葉を借りれば「地
球が元気で輝く惑星になるように」
歩き続けているのだろう。2020
年には東京にオリンピックが帰って
くる。開会式にはぜひ喜納に花を歌
ってもらいたい。 (会社役員)
◇ ◇
31日から11月7日の8日間、「ア
ルバム15枚におよぷ喜納の全作品を
紹介し、半世紀の軌跡をたどる 8
デイズライブ」が、国際通りのライ
ブハウスチャクラで開催される。ま
た同期間、「喜納昌吉 半世紀の軌
跡 ピース&セレブレーション」展
が那覇市久茂地のタイムスビル1階
エントランスで開催される。
2015年11月5日
喜納昌吉 Shokichi Kina
喜納さんの半世紀の音楽活動と平和運動を記念するライブと展示を那覇で開催中。仕事で「平和」どうこうと言うのと、人生をかけて平和に取り組むとの間には大きな大きな差があって、私は彼は本気で世界を変えようとしている人だと感じる。ジョン・レノンとか、そういう分類のミュージシャン。
He's playing 8 days long live show and exhibition to mark his half-century long peace movement as a musician. I find him as a type of musician who actually wants to change the world.
「すべての武器を楽器に」
"All the weapons into musical instrument."
2015年11月6日
8 DAYs LIVE
連日好評開催中です!
いよいよあと2日。
11月6日(金)
喜納昌吉、ムーブメントを語る
ゲストは「サバニ・ピース・コネクション」「白船」などともに歩んできた岡田テツオさん
トリビュートLIVEのゲストはHirara、久高真理、川満俊祐、ダンスチームリフラ
11月7日(土)
セレブレーション・ダンスパーティー
最終日は祭りで爆発です♪
ゲストは我らが祭りチームの肥田ひささん
トリビュートLIVEのゲストは伝説のギタリスト神鬼、ヒドゥン・リーフ、シンクロナス・ディーバ、ビブーティー、ダンスチームリフラ
ざっとこれまでのご報告です。
10月31日(土)
お母さんの喜納千代さんをゲストに、
父昌永さん、生い立ちを語り、
昌永さんのレパートリーを演奏した。
11月1日(日)
沖縄の神の世界、エイサーのルーツ
ゲストは宮古の神人(かみんちゅう)根間忠彦さんとエイサー
研究家の兼次さん
根間さんが即興の神歌を披露すれば、沖縄の遊行芸京太郎(チョンダラー)研究者の新城亘が飛び入りでエイサーともつながりのあるチョンダラー芸を披露するなどいろいろなhappenが
11月2日(月)
琉球王朝と山内盛彬
トークゲストは山内研究の佐藤善五郎さん、ケン坊&ボーチラーズのリーダーケン坊こと安里賢次さん
ケン坊さんによるトリビュート演奏も
11月3日(火)
世界ツアー アトランタや北京のオリンピックほか、数多い海外公演を紹介
ゲストはアジアを中心に日本や沖縄から多くのアーティストを海外に招聘し続けているプロデューサーの足立拓男さんと、沖縄在住の音楽プロデューサー中村ハジメさん
トリビュートLIVEは5Th Elements,yumeno,ダンスチームリフラ
11月4日(水)
コザ時代 ハイサイおじさん誕生のころを知る旧友でジャズベーシストの西川勲さんをゲストに、あのころを語りました。
もう一人のベーシスト高江洲章さんも参加して「火神」をセッション!
11月5日(木)
少女の涙に虹がかかるまで
花バンドの宮里文博さんをゲストに、忘れられた「もう一つの」少女レイプ殺害事件に光を当てました。宮里さんによるトリビュート演奏も
プロフィール写真を変更しました。
2015年10月1日
そして、そして…
喜納昌吉facebookが、始まったのも
2015年だったんだね(*^^*)
その事にも気が付いた☘
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